HAPPY SEED(4人台本)
【四人声劇台本】
【男2:女1:不問1 シリアス/狂気系】
【所要時間目安:50分】
●上記イメージ画像は、ツイキャスで生声劇する際のキャス画にお使い頂いても構いません。
●ご使用の際は、利用規約をご一読下さい。
【人物紹介】
水落 威一(みずおち いいち)♂
絵本作家。27才。不可解な自殺を遂げる。
旭 園夏(あさひ そのか)♀
水落の担当編集者。25歳。編集者としては若いが野心があり、やり手。
古賀 祐士(こが ゆうし)♂
刑事。35歳。水落の事件を担当する。
天使?♀or♂
見た目は子ども。自称「天使のような存在」。笑い方がちょっと変。
古賀の妻♀
ラストに少しセリフあり。「天使?」が女性キャストの場合は兼役。男性キャストの場合は、「旭」が兼役をお願いします。
↓生声劇等での貼り付け用
−−−−−−−−−−−−−−−−
HAPPY SEED
作:レイフロ
https://reifuro12daihon.amebaownd.com/posts/7957506
水落♂:
旭♀:
古賀♂:
天使?(+古賀の妻):
−−−−−−−−−−−−−−−−
↑天使?が男性キャストの場合、古賀の妻役は旭が演って下さい。
以下、台本です。
-------------
古賀N
その日、警察に遺体発見の通報があった。
通報者は女性。
駆けつけた警察官が見たものは、
アトリエのような場所で机の上に突っ伏している男の遺体。
口からは血ではなくドロリとした黒い液体が溢れており、
疫病などの危険も考えられたため、近隣一帯は一時騒然とした。
結果的に男の口から出ていた黒い液体は絵の具だと判明。
亡くなったのは、水落威一(みずおち いいち)、27才。
職業は絵本作家。
旭N
先生が亡くなった。
司法解剖の結果、胃の中はドロドロの黒い液体で満たされており、
それらはアトリエにあった色とりどりの絵の具だった。
先生は自ら大量の絵の具を飲み込み、
それらは腹の中で混ざって真っ黒になった。
絵本作家の不可解な自殺に、ネット上では様々な憶測が飛び交った。
何かの宗教の儀式だったのではないか、
悪魔の仕業などと、ただ面白おかしく書き立てられた。
古賀N
水落氏が世に出した絵本は一冊のみ。
内容は、王子様が視察で訪れた貧しい村で一人の女性と出会って恋に落ち、
苦難を乗り越えて二人は結婚するというシンプルなシンデレラストーリーだった。
子どもが喜びそうな明るくハッキリした絵とは裏腹に、
その色合いはとても繊細で美しく、
何色(なにいろ)とも言えないグラデーションが細部にまで表現されており、素人目にも素晴らしかった。
奇妙な点があるとすれば、
王子と姫がめでたく結婚をした後、この絵本の最後のページがクレヨンのようなもので真っ黒に塗りつぶされていることだ。
表紙から背表紙に至るまで美しい色で表現されている絵本の中で、
その真っ黒なページだけが異彩を放っていた。
古賀
あなたが今回亡くなられた水落氏の担当編集者をされている、旭 園夏(あさひ そのか)さんですね?
この度はご愁傷様です。
旭
先生は…本当に自殺なんですか?!
古賀
現在のところ、第三者が侵入、または訪問していた可能性はありません。
旭
じゃあ先生は、自分で絵の具を手当たり次第飲み込んだってことなんですか?!
古賀
そうなります。
自殺の方法としては正直なんとも言えませんが…。
旭
そんな…。
先生とは次回作の打合せもしていましたし、先月出した絵本だってデビュー作にしては上々の発行部数でした。
確かに、時々気持ちが落ちてしまって精神安定剤を処方してもらっていましたが…!
古賀
落ち着いて下さい。その辺りも調べは進めています。
担当の医師からも症状は軽度のものだということは確認済みです。
旭
そうですか…すみません、私動揺してしまって…。
古賀
いえ、無理もありません。
水落氏は孤児で家族もおらず、友人と呼べる人もあまりいなかったようなので、
一番接触があったのは担当編集者であるあなたなんです。
旭
私は、疑われているんですか?
古賀
あなたの当日のアリバイはしっかりしています。
水落氏は自殺ということでほぼ確定でしょう。
ですが、遺書もありませんし、
突発的な自殺だったとしても普通は手首を切ったり、高所から身を投げたりするものです。
いくら絵本作家で身近に絵の具が大量にあるからといって、
それを死ぬまで食べようだなんて普通思いますか?
旭
私にはわかりません…。
ああ、どうして自殺なんか…先生…っう、うぅっ…
(間)
天使?
あーあ。見てよ先生、お姉さん泣いてるよー?
カワイソウニ~。
水落
そうだな。彼女には悪いことをした。
天使?
そんなことよりどうなの?
死んで幽霊になった感想は!
水落
感想?
特に無いが、幽霊というのは少し面白いな。
やはり体重が無いから地に足がつかないという理屈なのだろうか?
天使?
先生はほんと冷静っていうか真面目っていうか…。
水落
そんなことはないさ。突然君が俺の目の前に現れて、
「死んでも叶えたい願いはあるか?」
って聞いてきた時はびっくりしたよ。
天使?
そう?あんまりびっくりしたようには見えなかったけどねー?
水落
最初は死神だと思ったんだ。
睡眠薬を飲みすぎてしまったから、ついにお迎えが来たのかと…。
天使?
死神なんて失礼だなぁ!
黒づくめの服着てたわけでもないのに!
水落
でも目が死んでるじゃないか。
天使?
せめて中二病っぽく「瞳に闇を宿してる」って言ってほしいなぁ!
水落
…まぁどうでもいいけど。
天使?
もっと興味もってよ!
僕は先生を死に追いやって、
かつ幽霊にしてあげて、
かつ先生の壮大な願いを叶えてあげよう!っていう存在なんだよ?
水落
やっぱり君は悪魔なのか?
天使?
違うよぅ!
むしろ「天使のような存在」だよ!
先生の願いを叶えてあげるんだから!
水落
『絵の具を大量に食べて、見事死ぬことが出来たら願いを叶えてあげる』
という発言のどこが天使なんだ?
天使?
『死ぬほど叶えたい願い』の代償が、『死』であるのは当然でしょ?
水落
だとしても、俺が絵の具を食べながら苦しんで死んだ姿をみて笑っていたじゃないか。
どう考えても天使というより悪魔だと思うが。
天使?
ドSの天使なんだよ!
苦しんでいる先生の顔はなかなかにイイ顔だったよー?ふへへ
水落
…まぁどうでもいいけど。
天使?
だからもっと興味持ってよ!!
水落
結局俺は絵の具を何色(なんしょく)食べたんだろうか。
我ながら頑張ったよ。
天使?
ふへへ、先生が使ってるイイ絵の具でもやっぱり美味しくなかった?
水落
幸か不幸か、ここ数年は味覚がなくなっていたから味はわからなかったよ。
天使?
へー。何を食べても味がしないって悲しいねぇ。
水落
医者には心因性のものだろうと言われたよ。
でも絵の具はドロドロした感触が気持ち悪くてキツかったな。
あとは胃が異物を吐き出そうとして、ひたすら吐き気との戦いだった。
うっ、思い出しただけで吐き気が…!
天使?
先生はもう死んでるんだから吐き気は気のせいだよー。
まぁなにはともあれ!
「死」という代償を頂いたからには、
先生の願いは必ず叶えてあげるから楽しみにしててね!
水落
大事なのはそこだ、俺の願いをどう叶えるつもりなんだ?
天使?
先生が死んだことで『種』は蒔けた。
これからきっと芽が出るから、ポップコーンでも食べながら高みの見物と行こうよ!
水落
ポップコーンね…。
天使?
先生はもう胃もないから食べられないけどね!
ざまぁ!!
水落
だからそれが天使のセリフかって…。
(間)
旭N
水落先生の死から2週間。
先生の絵本はどこの本屋でも売り切れが続出し、あっという間に重版が決定した。
「絵の具を飲む」という不可解な自殺方法と、遺書もなく動機が未だに不明なこともあり、
担当編集者だった私には、各所からインタビューやテレビ出演のオファーも来て、
一躍私の顔は世間に認知された。
先生の死を悲しむ暇もなく、本当に目が回るような毎日を送っている有様だ。
古賀N
水落氏の絵本がバカ売れしている理由は、
センセーショナルな死を遂げたというだけではない。
やはり、刊行されている絵本の最後のページが真っ黒に塗りつぶされているという点が様々な憶測を呼んでいるのだ。
それまでカラフルだった絵本の最後のページに、
なぜ不吉な真っ黒のページを入れる必要があったのだろうか。
旭
黒いページを入れたのは先生の意思です!
幸せに結婚した王子様とお姫様がその後どうなったのかは、
読者の皆さんに考えて欲しいという先生の意図なんです!
黒くしたのは、下手にここで明るい色を使ってしまうと、
色のイメージが付いてしまって自由な想像力を妨げてしまうからで…。
目をつむって想像して欲しい、という先生なりのメッセージなんです。
古賀
ネット上でも話題になっているように、
この最後のページは、ただ白いページを黒いクレヨンでベタ塗りしただけではありませんね?
拡大鏡でよーく見ると、
所々にこれまでのページに使われているような明るい色が見えます。
ですから、このページにも本当は絵があって、それをわざわざ黒いクレヨンで念入りに上から塗りつぶしたのではないか、と。
旭
それは…っ
古賀
水落氏はイラストにデジタルなどは使わず、すべてが手書き。
他のページの原本はお預かりしましたが、
なぜこの黒いページだけ原本がないのですか?
旭
…っ…。
古賀
隠し事をして困るのはあなたですよ?
それが何か今回の自殺に関わる重大なものであるなら、
あなたは証拠隠滅の罪に問われることだってあるんです。
旭
違います、私は持っていません!
原本は先生がお持ちになっているんです!
古賀
アトリエを隅々まで捜索しましたが、それらしきものは出てきませんでした。
旭
先生が原本をどうしたのかは私にもわかりません…。
古賀
そうですか。
でもあなたは知っているんでしょう?
最後のページにどんな絵が描かれていたのか。
旭
え、確かに私は塗りつぶされる前の絵を見ました。
でもそれをお話するには…!
マスコミには絶対に漏れないようにして頂きたいんです…。
古賀
事実が判明するまで不用意な情報は流しませんし、極秘扱いとしましょう。
旭
…先生はもともと、わが社の新人発掘の絵本コンクールによく応募されていた方で、
いつもあと一歩のところで賞を逃していました。
それでも私はシンプルで優しい先生の書くお話と、
デジタルを一切使わないアナログの美しい彩色技術に魅力を感じてスカウトしたんです。
古賀
あなたが彼を発掘したというわけですか。
旭
そんな大それたものではありませんが…。
この人は芽が出るかもしれないと思ったことは事実です。
古賀
今出版されている絵本はあなたからの依頼で描いたんですね?
旭
いえ、その…絵本の刊行までには色々とありました。
先生は何か賞を取ったり実績があったわけではありませんし、
無名のまま本を出したところでなかなか売れないんですよ。
ですから、ちょっとその…内部事情で他のお仕事をまずは手伝って頂いていました。
古賀
そうですか。
最初から先生が自由に絵本を描いていたわけではなかったと。
旭
そうですね…。あまり気乗りしないような仕事も色々して頂きました。
そんな中、先生から突然連絡があったんです。
絵本が描きあがったからぜひ見て欲しい、と。
古賀
仕事とは別に、自主的に自分の作品を描いていたのですか。
旭
ええ。
忙しくされていたので、睡眠時間を削って描いていたんだと思います。
だから私、ちゃんと見てあげなきゃと思って、すぐにアトリエにお伺いしたんです…。
(間)
(SE:インターホンの音)
旭
こんにちは先生。って大丈夫ですか?
目の下のクマ、すごいですよ?
水落
問題ないよ。それよりこれを見てくれないか?
自信作なんだ!
旭
もちろん拝見しますけど…でも先生…
水落
わかっているよ。俺の作品はまだ企画会議には持っていけないんだろう?
ただ君に見てもらいたいんだ。
誰のものでもない、俺だけの作品を。
旭
ありがとうございます…では、拝見しますね。
(間)
旭
せ、先生、あの…これは、その、どう、どういうことなんですか?!
水落
どうだろう?絵も文も完璧だろ?
旭
え?あ、あの先生?この最後のページは、ど、どういうことでしょうか?
お姫様の首から下が、ありませんよ?!
ど、どうして?!
王子様の手に持っている刃物は何なんですか?!!
水落(穏やかな口調で)
ああ。お姫様が幸せなうちにね?王子様が殺してあげたんだ。
“心優しい”王子様に殺されて、お姫様もほら、笑ってるだろう?
旭
先生、これは絵本なんですよ?!
子どもが読むんです!!
お姫様が最後惨殺されるなんて…そんな絵本見たことがありません!!
水落(穏やかな口調で)
…???
何を言っているのかわからないな。
王子様もニッコリ笑ってる。
お姫様の首も微笑んでるじゃないか。
色もポップで明るくしたし、辛い運命を乗り越えて幸せになったお姫様は、
愛する王子様の手で永遠の幸福を手に入れたんだよ…ハッピーエンドだろ?
旭
しっかりして下さい、先生っ!
き、きっとお疲れなんですよっ!
私、少し先生のお仕事を減らしてもらえるように編集長に頼んでみます!
あ、あの…この原稿はお借りしていっても…?
水落
ああ…かまわないよ。
(間)
古賀
ゴホン(咳払い)
最後の1ページにはおよそ子供向けの絵本とは思えないような結末が隠されていたわけですか。
旭
はい…。
絵柄も優しいタッチのままで、色も明るくて美しかったので、
私もパッと見ただけでは幸せな絵のように錯覚したんです。
でも首だけになったお姫様が棚の上に飾られていて、王子様の手にはナイフが握られていました。
古賀
王子が姫を殺してしまったということですか。
その時の水落氏の様子はどうでしたか?
旭
それが…。動揺する私を見て、先生は本当に不思議そうな顔をしていたんです。
まるで、まだ“死”というものを理解していない子どものような…そんな純粋な瞳でした。
古賀
本人は本当にハッピーエンドのつもりで描いていたわけですか…
旭
作家さんの中には、独自の世界を持っていたり、多少変わっている人が多いことも事実です。
でも子供向けの絵本で惨殺死体を描いておいて、
それをハッピーエンドだと言い張るなんてありえないでしょう?!
古賀
ふむ…それでその絵本はどうしました?
あなたが企画会議に持ち込んだから出版という形になったのでしょう?
旭
はい…。ラストのページ以外はとても素晴らしい出来だったんです。
「王子様とお姫様は結婚し、幸せに暮らしました」で終わっていればよかったのに…。
古賀
最後のページは、他の人に見せましたか?
例えば、上司や同僚に。
旭
いいえ。先生をこの世界に引っ張ってきたのは私ですから。
下手に見せてしまうと、
「頭のおかしい無名の作家なんて抱えておくんじゃない!」って言われるのは目に見えてましたし。
古賀
それで、ラストのページは抜いたまま企画会議を通ってしまったわけですか?
旭
そうなんです!
先生に無断でそうしてしまいましたけど、
でも企画会議を通ったと言えば喜んでくれるだろうと、そう思っていたんですが…。
(間)
水落
そんな!ラストのページがあってこその俺の絵本なのに…。
どうしてそんな勝手なことを!
旭
先生、無茶ですよ!
幼稚園の子が読むような絵本に生首なんて書いてあったら、子どもたちが泣いてしまいます!
水落
生首じゃない!
“幸せになった”お姫様だっ!!
旭
先生、お願いです、これは本を出版出来る奇跡のようなチャンスなんですよ?
どうかそれを棒に振らないで下さい!
水落
くっ…わかった…。
他でもない君の意見だ、このまま載せるのは諦めるよ。
でもそれなら、代わりにこのページを載せてくれないだろうか?
旭
先生…?クレヨンなんかどうするんです?!あっ!!
水落(穏やかな口調で)
ほら、こうやって上から塗りつぶせばただの黒いページになるだろ?
王子様とお姫様が結ばれた後、どんな結末を辿ったのかは読者の想像に委ねよう。
でも目を瞑って想いを馳せればきっとわかるはずだ。
お姫様の幸せは絶頂のまま永遠になったんだよ…心優しい王子によって。
それがきっとこの真っ黒なページから読者に伝わるって俺は信じる…。
(間)
旭
先生の口調は語りかけるように穏やかで優しくて、
私も一瞬「そうですね」と頷きそうになりました。
先生が出してきた絵本を出版する条件は、この真っ黒なページを載せること。
上司には、それっぽいことを説明して何とか理解してもらいました。
あの真っ黒なページの下に、
血まみれのナイフを持って微笑む王子様と、幸せそうな顔をしたお姫様の惨殺死体が隠れているなんて、誰も知りません。
古賀
なにやらオカルトじみてきましたね。
子どもが見る絵本にそんな恐ろしい描写が隠れているなんて。
旭
だから情報が漏れないようにお願いしているんです!
ただでさえ自殺した作家の本なんて不吉だと、お子さんがいるご家庭では本を手放す人がいるという話ですし…。
古賀
それは仕方のないことでしょう。
でもその代わりミーハーな大人たちが絵本を買い求めている。
旭
ええ。皮肉なことですね。
絵本では異例の発行部数をたたき出しそうな勢いです。
(間)
天使?
だってさ、先生!すごいね!
もし生きていたら印税ものすごかったんじゃない?
水落
金なんてそんなもの無駄にあったってしょうがない。
せいぜいもっとイイ絵の具を買うぐらいだ。
天使?
今度は「食べてもオイシイ絵の具」を買っておかなきゃね、ふへへ
水落
もう食べる機会もないさ。
天使?
先生、見なよ。この夜景の光のひとつひとつに人がいる。
この中に、今あの絵本を…あの黒いページをジッと見ている人はどのくらいいるかなぁ?
考えるとゾクゾクするね。
水落
そうだな…。早く俺の願いがみんなに届くといいな…。
天使?
楽しみだねぇ。
水落
…ああ。
天使?
でも、長々と待っている時間もないから、僕がもうひと手間加えてこようかな!
水落
何をする気だ?
天使?
ふへへ。早く芽を出してもらうために成長促進剤を…いやいや、“幸せ”を届けに行ってくるよ!
なんたって僕は、『天使のような存在』なんだからね!
(間)
旭
はぁ、疲れた。
先生は自殺だっていうのにあの古賀って刑事ほんっとしつこい。
動機は確かに気になるけど、遺書もないんだしもうどうだっていいじゃない。
一時期はどうなるかと思ったけど、
絵本は重版で編集長はニッコニコだし、私はテレビ業界にコネが作れた!
先見の明を持ってるって大手出版社からも引き抜きの話が来てるし…んふふ、ほんとにどうしよう!!
根回ししてるお金が入ったらアキラくんにも車とか買ってあげようかなぁ。
絶対に私がクラブNo.1に押し上げてあげるんだから!!
そしたらきっとアキラくんも私のことを…ヤダ、もぉ…!
それもこれも先生が気味の悪い死に方をしてくれたおかげだわ!あはは!
天使?
嬉しそうだね~?
旭
誰?!
……は?子ども?!どこから入ったのッ?!
天使?
これなーんだ?!
(SE:紙をペラペラする音)
旭
それは!!どういうこと?!
塗りつぶす前の先生の原稿じゃない!
あるはずないわ!
私は目の前で塗りつぶされるところを見ていたのよ!?
天使?
お姉さんに幸せをもたらした絵だから、もう一度見たいかと思ってね!
天使的なパワーで元に戻しておいたよ!
旭
天使?何を言って…?
えっ!嘘?!あなた少し浮いて…っ!
天使?
お姉さんのさっきの顔…この首だけになったお姫様と同じような顔をしていたよ?
とっても幸せそうな顔!
…ねぇ、先生はなぜ自殺したと思う?
旭
知らないわ!
絵本に生首描くような頭のオカシイやつの考えることなんてわかるわけないでしょ?!
天使?
酷いなぁ。先生のおかげで今の幸せがあるのにぃ。
先生はあんな汚い仕事させられても、お姉さんのことを悪く言ったりしていなかったよ?
旭
どういうこと?あなた先生の知り合いなの?!
天使?
先生はね、自分が描いた絵本で幸せを届けたかっただけなんだ。
絵本を通じて、子どもたちに、その親たちに、果てはそこから広がる人々にね!
絵を見てもわかるように先生はとても繊細な人だ。
お姉さんにやらされた仕事のせいで、少しずつ少しずつ心にヒビが入ってしまったんだよ。
旭
大御所作家のゴーストライターを未来ある作家に頼むなんて、私だって心苦しかったわよっ!
でも嫌なら断ればよかったじゃない!
まるで私だけが悪いような言い方しないで!
天使?
先生にとって絵本は自分の子どもだったんだよ。
それを奪い取られて他の色に染められて、すっかり洗脳されてしまった我が子を本屋さんで見つけた時の先生の顔はどんなだったと思う?!
お姉さんにも見せてあげたかったよ!
まるで絶望が服を着て立っているかのようだった!
あはは…思い出しただけでも本当にゾクゾクするよっ!
旭
そんなこと知らないわ!
先生は私にそんな顔一つしなかった!!
自分の本を出すための下積みだと思って頑張るって言ってくれてたもの!!
上からの命令でしかたなく先生にお願いしてたのッ…
私だって先生と同じくらい傷ついてたわよ!!
天使?
そう?その大御所作家からの個人的な謝礼金を君が着服しているのも知ってるよー?
傷ついてた割には、そこから先生へ1円たりとも渡さなかったんだねー?
旭
ち、違うわよ!先生はお金にあまり頓着(とんちゃく)がなかったわ!
だ、だから先生にお金を渡すよりも、早く先生が自分の本を出せるように、
えーと、その……ね、根回しに使ったのよ!!
天使?
根回しねぇ。
ホストクラブでの豪遊が一体誰の根回しになるんだかぁ。
旭
な、なんでそんなことまで知ってるのよ、このストーカー!!
け、警察を呼ぶわよ!!
天使?
大丈夫。もう呼んだよ。
旭
はぁ?!
天使?
先生の死の動機にこだわっていたあの古賀って刑事さんを呼んでおいたよ。
きっと彼なら適任だから安心して?
旭
適任ってなんのことよ!?
天使?
そんなことよりほら、先生の絵を見てよ!
色とりどりですごく綺麗。
首だけになったお姫様すら、一瞬生きているんじゃないかと見間違うほどに美しい。
アトリエにはものすごい種類の絵の具が並んでいてさぁ…僕はそれを見て思ったんだ~。
「綺麗だなぁ、なんか美味しそうだなぁ」って!
旭
は?美味しそうって…?
天使?
ねぇお姉さん?
先生に絵の具を食べるように勧めたのは…僕なんだよー?
旭
そんなっ!あなたが犯人なの?!
天使?
あはは!「犯人」?
僕は人間じゃない。願いを叶える「天使のような存在」だよ!
あ、そうだ、特別にお姉さんにも見せてあげるよ。
先生の最期。
旭
へ?何、言って?
あっ、痛いッ…耳鳴りがするッ!!
なにこれ、頭の中に、映像が…っ!!
(間)
天使?
ほら、先生がんばって?
次は何色が食べたい?
水落
ゲホッゲホ…う゛…っ
天使?
吐いちゃダメだよ。沢山食べなきゃ死ねないよ?
そうだなぁ。先生を担当してくれてるお姉さん、彼女のイメージカラーは何色?
次はその色を食べようよ!
水落
旭くんか…そう、だな…サンイエロー、かな…
天使?
黄色?随分明るい色だね。
彼女、大御所作家のケツ持ちでしょ?
もう描けないくせに過去の名誉に縋ってデカイ顔してる作家のゴーストライターなんてやらされて…
先生はお姉さんを恨んでもいいと思うけど。
水落
彼女だってきっと好きでやっているわけではないと思うんだ。
有名な作家の本は名前だけでそこそこ売れるからね…。
ただでさえ、今の出版業界の売上は厳し…ゲホゲホっ…
天使?
ふーん。
僕には、先生の才能を利用して食い物にしてるようにしか思えないけどー?
水落
そう、なの、かな…。俺にはよくわからないよ…。
天使?
僕はそんな先生のことが気に入ったんだ。
必ず願いを叶えてあげる!
だからほら、もっと絵の具を食べて早く死んで?
水落(絵の具を食べる)
うぐ…っごくん。
はぁ、はぁ…あと、どのくらい食べたら死ぬ…?
天使?
死ぬほど食べたら死ぬよ。
水落
はは、…ゲホゲホっ…
天使?
ねぇ先生…どうしてお姫様を殺したの?
水落
絵本の話か…?
王子様がね、気づいてしまったからだよ。
庶民の出の彼女を疎(うと)ましく思う者が城にはたくさんいると。
“ずっと幸せに暮らす”ことなんて出来ないことを。
だからお姫様が傷つく前に、幸せの絶頂を迎えたその瞬間に…
時を止めてあげたんだ。
天使?
王子様とお姫様の結婚式は色とりどりで、
とても幸せそうに描かれていたね。
水落
ああ。
でもね…綺麗な色ばかり詰め込んでも、混ざり合えば真っ黒になってしまうんだよ。
天使?
ふふ…今の先生のお腹の中みたいに?
水落
はは…そう、だな。
俺は、綺麗な色を飲み込みすぎた…。ゲホ、ゲホ…っ
(間)
天使?
ねぇ先生。聞こえてる…?
水落(弱々しく)
…あぁ…
天使?
先生、笑ってるの?泣いてるの…?
水落(どっちともつかない感じで)
…ふ…
天使?
おやすみ、先生…
(間)
旭
はぁ、はぁ…先生…
本当に自分で絵の具を食べて…っ!
天使?
キミのイメージカラーは“サンイエロー”だってさ!!
腹ん中真っ黒のキミが!
太陽の色?!あははははははは
旭
やめて!!もうやめてよ!!私をどうしたいわけ?!はっきり言いなさいよ!!
天使?
は?お前なんてどうでもいいよ。先生の願いはもっと…!
(SE:ドンドンと扉を叩く音)
古賀
旭さん!私です、古賀です!
ここをあけて下さい!大丈夫ですか?!
旭
助かった!!古賀さん!!助けて下さい!!(古賀を中に入れる)
古賀
匿名の通報があったんです!
あなたの部屋から叫び声が聞こえると!
何があったんです?
旭
ああよかった!
あのガキが勝手に家に侵入してきて!!
私を脅すんです!!
古賀
あのガキ、とは?
子どもがいたんですか?
旭
いるじゃないですかすぐそこに!!
小学生くらいのクソガキがわけわかんないことを言ってくるんですっ!!
古賀
旭さん、落ち着いて下さい!誰もいませんよ?
一体何のことを言っているんです?!
天使?
刑事さんに僕は見えないよー?
今はお姉さんにしか見えてない。ふへへ
旭
そんなバカなことあるわけないっ!!
こっちに来ないで!!来たら刺すわよッ!!
(台所から包丁を持ち出す)
古賀
何をしているんです!!包丁をおろして下さい!!
さぁ!こっちに渡して!!
天使?
“幸せの絶頂”にはまだ少ぉし早いかもしれないけど、いいよね先生?
テレビに出て有名になって、栄転も決まりそうだし、裏金で遊び放題、
今回の絵本の重版で入るインセンティブにも細工がしてあるんだろー?
先生に身寄りがないことをイイことに、
自分に印税の何割かが入るように細工していること、僕は知ってるよー?
旭
うるさいうるさいうるさいっっ!!!
古賀(電話する)
応援を頼む!
25歳女性が自宅で包丁を振り回して暴れている!!
天使?
“お姫さまの顔はほほえんでいました。
あいする王子さまとケッコンできて、
これからはじまる幸せな生活にワクワクしているのです。
王子さまはそんなうつくしいお姫さまの顔がよくみえるように、たなにかざりました。”
旭
いやああああああ!!!
天使?
“王子様もニッコリとほほえんで、
いつまでもいつまでも、うつくしいお姫様をみつめていました。
…めでたしめでたし。”
旭
ぁ…何っ?手が、勝手に動く…!
なんで?!包丁を離せないっ…
なんでなんで嫌ぁぁぁ!!
天使?
ねぇ?お姉さん。
あなたのお腹の中は…何色???
(SE:刺さる音)
旭(自分の腹に包丁を刺す)
ぐ…っあ゛…がは…ッ
古賀(旭に駆け寄る)
なんてことだっ!
自分の腹を刺すなんてっ!!
旭
痛い゛…っ助け…
古賀
喋ってはいけない!!
旭
男の、子が…そ、こに…
古賀
すぐに救急車を呼びます!
まだそこまで深くは刺さってはいない!しっかりするんだ!
旭
古賀さ…あの、絵…っ、処分し、て…
呪われて…る…
古賀
あれは…まさか絵本の最後のページ?!
やはりあなたが原本を持っていたんですか!
旭
ち、が…ゲホっ…
天使?
お姉さん、余計なこと言わないでよ。
先生の願いを叶えるために…
早く死んで。
古賀
ぐっ…なんだ?!
急に、頭が、割れるようだッ!
天使?
刑事さん、お姉さんのこと手伝ってあげて?
古賀
……コレデハ、アサイ……
モット深ク、モットタクサン刺サナケレバ、
助カッテシマウ…!
(SE:刺さる音)
旭
ああ゛あ゛っ痛いぃ!
ぇ゛……?ゲホっ…なん、で…
古賀、さ…?
古賀
早ク死ネ…モットモット血ヲ流セ…!
キサマの腹ノ中ノ黒ヲモット見セテミロ…!
天使?
あはは!ほら、お姉さん笑って?
先生もこっち来てお姉さんの晴れ姿見てあげてよ!
水落
旭くん…
旭
はぁ、はぁ…先、生、嫌ぁ…死にたくなゲホ、ゲホ…
水落
残念だけど、君の人生の絶頂はここまでだ…
ここで終わっておけば、君の人生は“良い人生”だったことになるから。
旭くん、今までありがとう。
旭
フフ、そんなぁ…あはははははっ、ぐ…っ…(息絶える)
古賀
ハッ……俺は、一体何を?
あ、旭さん!旭さん!!
いつの間にこんなに刺して…!なんてことだ!クソぉ!!
古賀N
旭 園夏は自殺した。
自らの腹に包丁を何度も突き刺して。
…これは誰にも言ってはいないが、部屋で例の絵を見た後、俺の意識は少しの間曖昧になっていた。
気がついた時には彼女は息絶えていたのだ。
俺の手は、包丁を持つ彼女の手に添えられていて血まみれだった。
俺は彼女の自殺を止めようとしていた。
そうだよな?
…そうに決まっている。
絵は水落氏によって黒いクレヨンで塗りつぶされたという話だったが、
塗りつぶされたのはやはりコピーで、原本は彼女が隠し持っていた、
という捜査の結論には誰も異議を唱えなかった。
絵の中で首から下のないお姫様は微笑んでいた。
ドス黒い血を大量に流して死んだ旭園夏(あさひそのか)もまた、死に顔は不気味に微笑んでいた。
(間)
天使?
お姉さん、最後笑ってたね。
水落
彼女は幸せなまま死ねたのだろうか…。
天使?
ふへへ。お姉さんはね、生きてても遠からず警察の厄介になることは確実だった。
先生の不審死で彼女もだいぶ調べられてたし、裏金の着服以外にも色々やっていたみたい。
だから彼女にはこの先不幸しかなかったんだよ。
幸せなまま死ねたさ、ふふ。
水落
そうか。なら…よかった。
天使?
お姉さんの死はニュースになる。
先生の渾身の1ページと共にね!
これで各所に散らばった『種』もきっと一斉に芽を出すよ!
んふふ。先生の願い、たくさん叶うといいね!
(間)
水落N
『幸せと不幸せがあるのなら、幸せな瞬間(とき)に死ねばいい。
そうすれば、その幸せは永遠になれる…』
天使?
先生は生きているうちに幸せになれなかったのに、
みんなの幸せを願うなんて本当にボクは心を打たれたよ!
だから叶えてあげるね、先生の願い!
水落
ああ…。
どうか、
『幸せな死がみんなに訪れますように』。
(間)
古賀N
旭氏が亡くなって、彼女がしてきた後ろ暗いことも、業界の闇も次々と明らかになってきた。
結局水落氏の自殺の動機は、
「大御所作家のゴーストライターをやらなければこの業界に居られなくしてやる」と脅されたことによる絶望だったのだろう、というところで落ち着いた。
黒く塗りつぶされる前の最後の1ページが見つかったことにより、
世間はますます盛り上がり、今ではおかしな都市伝説まで広まってきている。
古賀
幸せだと心から思った時に、あの絵を見たり、強く思い出してしまうと無性に死にたくなる、か…。
最近全国的に自殺が多発していて、
自殺者の部屋にはあの絵本が必ずあるという噂が広まったからか?
ふ…馬鹿馬鹿しい。
俺なんて捜査であの絵を穴が開くほど眺めたが、自殺願望なんて湧かんぞ。
(SE:着信音)
古賀
電話か…はい。
古賀の妻
あなた?ねぇ聞いて!
今ね、この子が初めてお腹を蹴ったの!!
古賀
なにっ?本当か!そうか、元気に育っているんだな!
古賀の妻
うん!今日は早く帰って来られる?
あなたも触ってみて!本当にすごいのよ!
古賀
ああ、わかった。今日は早く帰るよ。
はしゃいで転んだりするんじゃないぞ?
古賀の妻
うふふ、わかってるわ。
それじゃあ、あなたも気をつけて帰って来てね。
古賀
ああ。じゃあな。(電話を切る)
…あいつも長いこと不妊治療を頑張っていたし、相当嬉しいんだろうな。
これが幸せってやつか…?
はは、俺も相当浮かれているな!
よし、俺も気合い入れてしっかり稼がなきゃいけないな!
・・・・・。
・・・・・・・・・・・。
…帰る前に包丁でも買っていくか。
End.
-----------------
作者レイフロ
Twitter ID:@nana75927107
0コメント