メランコリックな✕✕(2人台本)
ヤクザ之介:
はぁ、はぁ、畜生っまだ追ってくるか、しつけぇなぁ!
よし、ここの路地で撒くかっ!
どけ!女っ!
包丁女:(ぶつかる)
きゃっ!
ヤクザ之介:(N)
俺は、いわゆるヤクザだ。とある事情で、兄貴の舎弟から絶賛追われている。
その道中、一人の女とぶつかった。
女は倒れて、手に持っていたものがカシャンと音を立てて落ちた。
ヤクザ之介:
は?包丁?!
包丁女:
いったぁ…
ヤクザ之介:(N)
背後からは追っ手の怒号。目の前には刃物を所持した女。
なんだ?この状況は?
包丁女:
あっ、私の包丁っ!(拾う)
ヤクザ之介:
くそ、もう来ちまう!オラ立てっ!一緒に来いっ!
包丁女:
え?ちょっと?!何なの?!
ヤクザ之介:(N)
俺はとっさに、ビルの裏口に包丁女と滑り込んだ。
包丁女:
何する気?!このヘンタ…ふがっ!
ヤクザ之介:(N)
女の口を塞ぎ、様子を見る。
怒号と共に、バタバタと追っ手の足音が遠ざかっていく。
包丁女:
ぷはっ!何なのアンタ!チンピラが私に何の用よ!
ヤクザ之介:
チンピラじゃねぇ!包丁女に用なんかあるか!
とっととどっか行け!
包丁女:
誰が包丁女よ、意味わかんない!言われなくてもさっさと行くし!
ヤクザ之介:
いや待て!まだアイツらがウロウロしてるかもしれねぇ…
包丁女:
私には関係な…
ヤクザ之介:
俺がここにいるって漏らされちゃあ困る。
屋上なら奴らの動きもわかるし…お前も来い!
包丁女:
やっ、引っ張んないでよ!
ヤクザ之介:(N)
俺は女を連れて強引に屋上まで階段で上った。
この建物は廃ビルで、長く放置されているのか中は荒れていた。
包丁女:
つ、疲れた…10階くらい上ったんじゃ…?
ヤクザ之介:
ここでしばらく時間を潰す。お前も大人しくしとけ。
包丁女:
さっき追ってきてたのってヤクザ?アンタもヤクザなの?
もしかして「抗争」ってやつ?
ヤクザ之介:
そんなんじゃねぇよ。
包丁女:
教えてくれたっていいでしょ?私は巻き込まれてんのよ?!
ヤクザ之介:
うるせぇな!タバコでも吸ってないとやってられな…
あれ、ライターどこやった?
包丁女:
今どき紙?
貸したげようか?ヤク中さん。
ヤクザ之介:
誰がヤク中だ!
包丁女:
じゃあヤクザだから「ヤクザ之介」ね?
ヤクザ之介:
ざけんな!
つかなんで高校生がライターなんて持ってんだよ、不良が!
包丁女:
ビューラーをあっためるとまつ毛が上がりやすくなるんですぅ!
ヤクザ之介:
び、びゅーらー??
いいから持ってんなら早く出せ!
包丁女:
なんで追われてるのか教えて。
ヤクザ之介:
下手にヤクザの事情知ると巻き込まれるぞ。
カタギが興味本位で聞くもんじゃあ…
包丁女:
別にいいよ。
私、もうすぐ死ぬ予定だから。
ヤクザ之介:
は?
包丁女:
ライター欲しいんでしょ?話すの?話さないの?
ヤクザ之介:
チッ…イカレた女に会っちまったぜ…
包丁女:
へへへ。
ヤクザ之介:
なんで二ヤついてんだよ、気持ち悪ぃ。
包丁女:
だってヤクザって映画かゲームの中でしか見たことないし。
珍獣にでもあったキブン。
ヤクザ之介:
包丁持ち歩いてる女子高生の方がよっぽど珍獣じゃねぇか。
包丁女:
かもね。
ほら早く話して!
ヤクザ之介:
るせぇ、先に一服させろ!
(間)
ヤクザ之介:
ふぅー…(タバコを吸う)
兄貴がよ、言ったんだ。俺の代わりに罪被れって。
包丁女:
はぁ?めっちゃ無茶ぶりじゃん!
「キョウダイは俺が守る!」的な熱いアレはないの?
ヤクザ之介:
ゲームのやりすぎだボケ。
包丁女:
何の罪を被れって?強盗?傷害?
ヤクザ之介:
殺人。
包丁女:
殺人かぁ…
はぁッ?!殺人っ?!?
ヤクザ之介:
ヤクザはムショを上がって初めて一人前になるんだとよ。
「勤めを終えて戻ってきたら、俺がお前を取り立ててやる」ってさ。
包丁女:
なにそれ?!
そんな未確定なことを餌に殺人の罪被って来いって言ってんの?!やばっ!
ヤクザ之介:
今回の殺人は、兄貴が上に行くためには必要なことだったんだとよ。
兄貴はやり方なんて選ばねぇ。使えるモンは使ってのし上がっていくタイプだ。
包丁女:
取り立ててもらえるなんて絶対嘘じゃん!切り捨てられるよ!
ヤクザ之介:
どっちにしたって、自分が犯した罪でとっ捕まるならともかく、
やってもいねぇことをやった、なんて言うのはまっぴらごめんだぜ。
包丁女:
そりゃそうよ!
モノホンの殺人鬼たちと一緒に、脱獄不可能な極寒の刑務所に半袖で入れられて、
臭い飯を手掴みでむしゃむしゃ食べなきゃいけないわけでしょお?!
ヤクザ之介:
お前の刑務所の印象どうなってんだよ?!ヤバすぎだろ!
…てかお前、ヒジんとこ。血出てんぞ?
包丁女:
あ、ホントだ。どーりでヒリヒリすると思った。
ヤクザ之介:
ハンカチあるか?
包丁女:
ある、けど。
ヤクザ之介:
貸せ。腕も出せ。
包丁女:
巻いてくれるんだ?ヤクザ之介のくせに。あ、ありがとう。
ヤクザ之介:
チッ、素直に礼をいいやがれ。
ドウイタシマシテ、包丁女。
ま、もともと俺が突き飛ばしたしな。
包丁女:
ヤクザなのに優しいんだね。
ヤクザ之介:
俺は元々借金があってよ。
取り立てに来たヤクザが、物怖じしない俺を見込んで、取り立ての仕事を手伝えって言ってくれたんだ。その方が早く返せるってよ。
包丁女:
それが意外と性に合ってたとか?
ヤクザ之介:
まぁな。俺はそん時拾ってくれた三由(みよし)の兄貴には
めちゃめちゃ感謝してんだ。俺に居場所をくれた。
包丁女:
でも感謝してるからって罪を被るなんて絶対ダメだかんね?!
ヤクザ之介:
バカ!三由(みよし)の兄貴と、今の外道の兄貴は別人に決まってんだろっ!
包丁女:
別人なの?!じゃあその尊敬する三由(みよし)の兄貴に
ずっと付いてればよかったじゃん。
外道の兄貴に乗り換えたからそんなことになっちゃったんでしょ?
ヤクザ之介:
乗り換えたわけじゃねぇ!
組織ってのは…色々あんだよ。
包丁女:
めんどくさっ。
でもさっきの様子を見るに、あんたは外道の兄貴のありがた~い申し出を
断ったから追われてたんだよね?ヤバいってことだよね?
ヤクザ之介:
俺には、「兄貴の罪を被ってムショに行くか」「兄貴が殺った死体が2体に増えるか」
の2択しかない。
包丁女:
えぐっ!断ったら殺されんの?きもっ!
それでどっちも嫌だから逃げたってことかぁ…。
でもさ、あんたの尊敬する方の兄貴とは、
キョウダイサカズキ?は交わしてないってこと?
ヤクザ之介:
よくそんなこと知ってるな。
包丁女:
ヤクザのゲームで見た!
ヤクザ之介:
そんなこったろうよ。
包丁女:
サカズキも交わしてないのに兄貴って呼ぶってことは
相当慕ってるってことでしょ?「心の兄貴」ってことでしょ?!
ヤクザ之介:
「心の友」みたく言うな。誰がジャイアンだ。
包丁女:
ぷっ…!ヤクザもジャイアンとか知ってるんだ?
ヤクザ之介:
生まれつきヤクザなわけねぇだろ!バカにしてんのか?!あぁン?!
包丁女:
顔こわっ!これは取り立て出来ちゃうわー!
ヘソクリも全部差し出しちゃうわー!
ヤクザ之介:
はぁ…テメーと話してると力抜けるぜ。
つかそういやぁお前、あの包丁は何に使う気なんだよ?
包丁女:
え?
ヤクザ之介:
え、じゃねーよ。
今時の女子高生は包丁持参で通学すんのがトレンドか?
包丁女:
トレンドの捉え方がなんかオジサン。
ヤクザ之介:
はぁぁ?!あんま舐めた口きいてっと…
包丁女:
死のうと思ってさ。
ヤクザ之介:
は?
包丁女:
見てよ今日の天気。
どんよりしてて重たくて。「憂鬱」そのものじゃない?
朝起きてそんな空だったからさ、
あー、包丁の色みたいだなーって思って。
気づいたら持ち出してた。
ヤクザ之介:
ヤんでんな。
包丁女:
へへへ。
私ってさ、病気なんだよね。
ヤクザ之介:
…なんの。
包丁女:
あ、違う違う!
病気っつっても手術とかする系の病気じゃないから。
ヤクザ之介:
じゃーあれか。依存症(ジャンキー)か。
包丁女:
ヤクザ之介が言うと、サマになるね。
ヤクザ之介:
うちの組はそーゆーの扱ってねぇから!
包丁女:
ふふ、ジャンキーに比べたらまだマシな気はしてきたけど…
でも私、ほんとにオカシイんだって自覚しちゃって。
もともと恋愛体質ではあったんだけどさ…
ヤクザ之介:
恋愛体質?ストーカーでもやってんのか?
包丁女:
ねぇ?話の流れ的にセンシティブな問題じゃん?
「オブラートに包む」って言葉知ってる?!
ヤクザ之介:
俺の場合、包む前に口から出ちまう体質だからよ。
包丁女:
でしょうね!とりあえずストーカーではない!
…でもストーカーの方がマシかも。一途って意味では。
私の場合は逆だから。
ヤクザ之介:
どういうことだよ?
包丁女:
別に好きでもないのに取っちゃうの。
人の彼氏を。
ヤクザ之介:
あー…そりゃ歪んでんなぁ。
包丁女:
ふふ、気持ちぃくらいオブラートに包まないね。
最初はさ、違うクラスの女の子の彼氏寝とっちゃって、
その噂が広まって女子からハブられた。
ヤクザ之介:
でも男一人寝とったくらいじゃ「病的」とまでは言わねぇだろ。
包丁女:
全然一人じゃないけどねー。
ヤクザ之介:
やるね~
包丁女:
言っても信じてもらえないと思うけど、
本当に悪気とかなくて。もう本能的としかいいようがなくて。
ことごとく女友達は周りから消えたけど、
昔からの親友だけはちゃんと話を聞いてくれたんだ。
ヤクザ之介:
良かったじゃねーか。
理解のあるやつが一人いるだけで全然違うもんだ。
包丁女:
でも私は、そんな親友の彼氏とも寝た。
ヤクザ之介:
おっと…そりゃあ…
包丁女:
さすがにドン引きだよね。
私も寝た後にやっと気づいたの。私オカシイんだって。
ヤクザ之介:
ダチはなんつってた?
包丁女:
…会ってくれない。
メールも返信くれなくて、学校も休んでる。
ヤクザ之介:
寝とった親友の男とはまだ繋がってんのか?
包丁女:
え?
ヤクザ之介:
なんでそんなキョトン顔なんだよ。
包丁女:
繋がってるも何も…付き合ってないし。
寝るだけ。
ヤクザ之介:
まじか。
包丁女:
ショッピングとかカラオケとか行く感覚?
ヤクザ之介:
ん-…。
確かに重症かもな。
包丁女:
わけわかんないよね。自分でもわかんない。
自分が「気持ち悪いもの」だったんだって
今まで気づかなかったことがもうオカシかったんだよね…。
ヤクザ之介:
そうやって自分を卑下(ひげ)するところはガキだけどな。
包丁女:
「卑下」なんて言葉、よく知ってるね?
ヤクザ之介:
茶化すならもう喋んねぇぞ。
包丁女:
でもアンタだってキモイと思ってんでしょ?
それか俺とも1回やらせろとか思ってんじゃないの?
ヤクザ之介:
包丁女は願い下げだ。あと貧乳には興味ねぇ。
包丁女:
はあっ?!あるし!あるもん!ほらぁ!
ヤクザ之介:
自分で揉むなバカっ!
で?自分がオカシイって気づいたなら病院とかカウンセリングに行ったんか?
包丁女:
病院は怖くて行けなかったから…
「こころの相談所」みたいな、無料で電話出来る相談所に電話してみたけど、
定型文みたいなうっすい励ましの言葉しか返ってこなくて…
ヤクザ之介:
こんな感じか?
(裏声で)「まだお若いんだから、これからいくらでも貴方のことを分かってくれる彼氏や親友が出来るわよぉ!大丈夫!ふぁいとっ!」
…みたいな?
包丁女:
ぷっ!ファイトって何?テキトーすぎない?!
ヤクザ之介:
(裏声で)「あーしもねぇ、若い頃は浮気もしたし、結婚してからだって遊びで不倫もしたわ~。
でも今はちゃんとして子供もいるのぉ。だから大丈夫!ふぁぁぁいとっ!」
…的な?
包丁女:
あはは!やめて笑い死ぬっ
ヤクザ之介:
ま、俺にはお前がほんとにオカシイのかなんてわかんねーけどさ。
来るか来ねぇかわかんねぇ幸せな未来の可能性なんてクソくらえだ。
いくら未来が「大丈夫」だったとしても、
「大丈夫じゃない」今の苦しみは、お前にしかわかんねぇよ。
少なくとも、包丁持ち出すくらいには思いつめてたんだろ?
包丁女:
ん…。
でもちょっとだけ嬉しい。バカにしないでもらえて。
ヤクザ之介:
勘違いすんなよ。
だからって包丁持ち出したことは肯定してねぇからな。
包丁女:
あーあ、死ぬにしたって自分で刺せるわけもないのにさー!
ほんとめちゃくちゃだ私…。
ヤクザ之介:
はぁ~…。
最悪だな、お互い。
包丁女:
うちらの未来絶望すぎ。
ヤクザ之介:
なんかめんどくせーなー。
包丁女:
めんどくさいねー。
(間)
包丁女:
よいしょっと…!
ヤクザ之介:
おい、何してんだ、
屋上の柵なんて超えたらあぶねぇだろが!
包丁女:
ヤクザ之介もこっち来てよ。
ヤクザ之介:
はぁ?
包丁女:
ビビってんの?
ヤクザ之介:
安い挑発すんな。
包丁女:
とか言って怖いんだ。ダサ。
ヤクザ之介:
チッ、このアマ…
っと!これでいいかよ。(柵を超える)
包丁女:
提案なんだけど。
いっそのこと、一緒に死んじゃう?
ヤクザ之介:
はぁ?さっき会ったばっかの包丁女と?
包丁女:
そ。
ヤクザ之介:
イカレてんな。
包丁女:
あんたもね?
ヤクザ之介:
俺は別に…
包丁女:
だって、ブタ箱に入るか殺されるかの2択しかないなんて
めちゃめちゃイカレてるよ?
ヤクザ之介:
親友の男を寝とって自殺よりはマシだろ!?
いや…どっちがマシだ?
包丁女:
ふふ、わかんない。
ヤクザ之介:
飛び降りねぇ…
包丁女:
ここからなら絶対死ねるよね?
ヤクザ之介:
下に植え込みもねぇし、まぁ普通に助からねーな。
包丁女:
私さ、ちょっとだけ心中って憧れてたんだよね!
えっと、なんて名前だっけかな?なんか文豪の!
ヤクザ之介:
太宰治?
包丁女:
そう、太宰治!
ヤクザ之介:
それだと男だけ生き残っちまう可能性高ぇよ。
アイツ確か5回以上自殺未遂してんだぜ?
包丁女:
まじか、えぐー!
じゃあ私をクッションにして、ヤクザ之介は生き残ってもいいよ。
ヤクザ之介:
俺は痛い思いしたうえに、その後ブタ箱に行くか兄貴に殺されるかするわけだ。
ざけんな。
包丁女:(笑いながらだんだん泣く)
あはは!…ふふ…っふ…ぐす…
ヤクザ之介:
なんだよ、自分から誘っといてやっぱ死ぬのは怖いってオチか。
包丁女:
違うよ!
死んだらミカはどう思うのかなって思って…。
むしろざまぁみろって思ってくれたらいいけど、もし…
もし責任とか感じちゃったら…
ヤクザ之介:
だったら死ぬな。お前の場合はそれだけで解決だ。
包丁女:
それもヤダっ!
ヤクザ之介:
おまえなぁ
包丁女:
私の2択は、飛び降りるか包丁で自分の腹を刺すかのどっちかなの!!
ヤクザ之介:
バカな2択だな。
包丁女:
うん…ほんとバカ…。
ヤクザ之介:
じゃあ、死ぬか。
包丁女:
え?
ヤクザ之介:
俺もめんどくさくなってきたわ。
包丁女:
そんな投げやりで死んでいいの?
ヤクザ之介:
アイツらだってさ、まさか俺が若い女とお手て繋いで
仲良く飛び降り自殺してたら、
「え?なんで??」ってなるだろ。
包丁女:
なる、ね。
ヤクザ之介:
きっとめちゃくちゃ間抜けなツラして、
俺らの死体をじーっと見ながら考え込むと思うんだよなぁ。
包丁女:
なにそれ。世界一無駄な時間だね。
ヤクザ之介:
だろ?
お前の親友だって、ニュースで知ってきっとボカンとするぜ?
「私の彼氏寝とっておいて、なんか知らん男と心中するんかーい!」って。
包丁女:
ぷっ…あはは!それ傑作なんだけど!
(2人で笑い合う)
ヤクザ之介:
意外と悪くねぇかもな。こんな終わりも。
包丁女:
うん。悪くない。
いっせーのせ、で行く?
ヤクザ之介:
間抜けすぎるだろ。
包丁女:
じゃあスリー、ツー、ワン、バンジー?
ヤクザ之介:
もっと間抜けにしてんじゃねぇよ!
普通に10数えるでいいだろ。
包丁女:
そっか…そだね。
ヤクザ之介:
ほんとにいいんだな?
包丁女:
……うん。
ヤクザ之介:
メンヘラめ。
包丁女:
うっさい!じゃあもう数えるからね!
ヤクザ之介:
あぁ。
包丁女:
10
ヤクザ之介:
9
包丁女:
8
ヤクザ之介:
7
包丁女:
6
ヤクザ之介:
5
包丁女:
4
ヤクザ之介:
3
包丁女:
2
ヤクザ之介:
1
2人で:
ゼロ
(しばし沈黙)
包丁女:
なんで飛び降りないの?
ヤクザ之介:
おまえもだろ。なんでだよ。
包丁女:
アンタがなんでよ!
ヤクザ之介:
お前がなんでだよ!
包丁女:
しかも私の手握ってきてんじゃん!?
ヤクザ之介:
お前から握ってきやがったんですぅぅぅ
包丁女:
覚えてませんんン!
アンタだってすごい握り返してきてますけどぉ??
ヤクザ之介:
お前が離さないからだろ?!
包丁女:
足だってガクガクじゃん!
ヤクザ之介:
お前の方がガクガクだろうがっ!
包丁女:
暴れないでよっ!っとと、きゃあ!
ヤクザ之介:(N)
次の瞬間、女はバランスを崩し、手を繋いでいた俺も引っ張られて、
二人で屋上のヘリにつかまって宙ぶらりんとなった。
包丁女:
嘘でしょっ、お、落ちちゃうう!
ヤクザ之介:
ちゃんと掴まってろよ!俺が先に上がって…
包丁女:
早くしてぇ!指痺れる!もげちゃうぅ!
ヤクザ之介:
うっせぇな黙ってろ!
包丁女:(半泣きで)
うわーん!ミカ、ごめん、ごめんね!ほんとにごめんん!
ヤクザ之介:
うぉりゃああ!…っと上がれた!
包丁女:
もう、ダメ…
ヤクザ之介:
おら!掴んだぞ!引き上げるからいつまでも泣いてんじゃねぇ!
包丁女:
うぇぇぇぇぇぇん
ヤクザ之介:
ったくこれだから女は…
どりゃあああっ!(女を引き上げる)
2人で:
はぁ、はぁ、はぁ…
包丁女:
うっうっ…怖かったよぉぉ
あと手も痛いぃぃ
私の指付いてる?!感覚がないぃ!
ヤクザ之介:
あ!!無いぞお前の指!!
包丁女:
嘘ぉっ!!
…って付いてるじゃんんん!!
ヤクザ之介:
あははは、バーカ!
あ、でも爪割れてんじゃねぇか。
包丁女:
ホントだ…
ヤクザ之介:
血も出てんのに痛くねぇのか?
包丁女:
痺れててよくわかんない
ヤクザ之介:
アドレナリンドバドバ出てただろうからな。
ハンカチはヒジに使っちまったし、うーん。
…お。コレ、使えるな。
包丁女:
私の包丁?
ヤクザ之介:
コイツもこんなとこまで持ってこられて出番なしじゃ可哀想だろ。
これでシャツんとこに切り込み入れてっと…(自分のシャツを一部裂く)
包丁女:
ドラマとかだったら口に咥えてビーッでカッコよく裂くのに。
ヤクザ之介:
俺だって重たいお前をひっぱりあげんのに力使って腕痺れてんだよ!
包丁女:
重たくないもん!
ヤクザ之介:
でもピーピー泣いて水分出た分、ちったー軽くなったかもな?
包丁女:
泣いてないしデブじゃないしっ!
ヤクザ之介:
いいから手出せ、とりあえずこれで指縛って…
包丁女:
…っ…
ヤクザ之介:
お、おい、抱き着くなよ、鼻水つくだろ?!
包丁女:
怖かった…
ヤクザ之介:
…あぁ
包丁女:
怖かったぁぁ!
ヤクザ之介:
間違っても俺には惚れんじゃねぇぞ包丁女。
貧乳は抱かねぇかんな。
包丁女:
ぐす…ヤクザは対象外だもん…あとおっぱいもあるもん…ぐすっ
ヤクザ之介:
おまえなぁ…
(着信音が聞こえる)
包丁女:
スマホ、鳴ってるよ。
ヤクザ之介:
三由(みよし)の兄貴…!
包丁女:
心の兄貴から?
ヤクザ之介:
だから心の友みたくいうな!ちょっと黙ってろよ。
…はい、俺です。
三由(みよし)の兄貴、すんませんでした!俺どうしても納得できなくて…!
え…?はい…はい…
わかりました…。すぐ行きます。
はい、失礼します…。
包丁女:
どうしたの?
ヤクザ之介:
外道の兄貴が、殺しの罪を弟分になすり付けてるって組内でバレたらしい。
親父(オヤジ)が直々に話聞くから来いって…。
包丁女:
それ罠とかじゃないの?
行ったらアンタ、殺されたりしない?!
ヤクザ之介:
わかんねぇ。
包丁女:
あっ!
ヤクザ之介:
どうした?
包丁女:
ミカから連絡来てる…ずっと既読無視だったのに…!
「話そう」って…!
ヤクザ之介:
行くのか?
包丁女:
行く!
行って土下座でもなんでもしてめちゃめちゃ謝るっ!
ヤクザ之介:
お前だって逆上した親友に刺されないって保障は?
包丁女:
…ない。
でも。そうなったとしても。あの子に謝ってから死にたい。
ヤクザ之介:
俺もだ。最後に三由(みよし)の兄貴に会って、
ほんとはアンタの舎弟になりたかったって言えるんなら、
そのあとスマキになって海に沈められようが構わねぇ。
包丁女:
溺死ってめちゃめちゃ苦しいんだよ?!
ヤクザ之介:
お前だって滅多刺しにされるかもしれねぇかんな?!
(しばし沈黙)
包丁女:
お互い、今ここで飛び降りた方が
よっぽど楽な死に方だったのにって後悔するかもね。
ヤクザ之介:
ちげーねー。難儀な二人がよくもまぁ集まったもんだ。
包丁女:
へへ。
ヤクザ之介:
はは。
(間)
ヤクザ之介:
よし、下には誰もいねーし、降りるなら今だな。
包丁女:
ねぇ。
せーので飛び降りてたら、同時に着地って出来たのかな?
ヤクザ之介:
「着地」って言うと急に「死ぬ感」薄れるな。
包丁女:
他にどういうのよ?
同時に「グシャッ」?
ヤクザ之介:
生々しいだろ!
包丁女:
だって男の方が重いんだからさ、アンタの方が先に落ちるんじゃない?
ヤクザ之介:
つっても誤差1秒もないんじゃねぇか?
包丁女:
だとしても!
私は最後にアンタがグシャって潰れるのを見るなんてヤダ!怖い!グロイ!
ヤクザ之介:
はぁ?1秒後に自分も潰れんだからいいだろ。
包丁女:
一緒に飛び降りるんだったら一緒に落ちたい!
ゼロコンマ1秒違わず、同時にグシャりたい!
ヤクザ之介:
グシャりたいってなんだよ!
じゃあ手でもしっかり繋いでればいいだろ?
包丁女:
途中で離しちゃうかもしれないじゃん!
ヤクザ之介:
めんどくせぇなぁ!じゃあロープかなんかで縛っときゃいいだろ!
包丁女:
それはなんか…えっちじゃん
ヤクザ之介:
どういう思考回路してんだおめぇは!
包丁女:
でもいいね。「心中感」出るし。
ヤクザ之介:
確かに。
包丁女:
よし、今度やるときはそうしようね。
ヤクザ之介:
「今度」があるのかよ。
包丁女:
あるかもしれないじゃん。
私は逆上したミカに刺されるかもしれないし…
ヤクザ之介:
俺は三由(みよし)の兄貴に裏切られて
身柄を引き渡されるかもしれない…
包丁女:
そしたら、お互いどうにかしてまたここに来るの。
ヤクザ之介:
そんな簡単に逃げられたら世話ねぇっつーの
包丁女:
いいからどうにかして絶対ここにくるのっ!
ヤクザ之介:
んで、ここで改めて仲良く飛び降りるってか。
包丁女:
そう。いい?
ヤクザ之介:
片方だけそうなったら間抜けだな。
包丁女:
ううん、そうなる時はきっと二人共そうなる気がする。
ヤクザ之介:
なんだそれ。
包丁女:
根拠はないけど。
ヤクザ之介:
テキトーかよ、クソが!
包丁女:
約束。指切りしよ?
ヤクザ之介:
ガキかよ
包丁女:
あっ、もしかしてすでに小指なかった?!
ごめん!配慮が足りなかった!
ヤクザ之介:
あるよあります俺の小指は元気ですぅぅぅ
包丁女:
なんだ。じゃあしてよ。
ヤクザ之介:
ほんとめんどくせぇ女。
包丁女:
ゆーびきーりげんまんっ
ヤクザ之介:(嫌そうに)
嘘ついたら針千本のーます
包丁女:
指きった!
ヤクザ之介:
ヤクザに指切りとか嫌がらせだろ…
包丁女:
じゃあね、ヤクザ之介!
また会えたら、その時はホントの名前教えてね!
ヤクザ之介:
早くいけ。
包丁女:
私もその時は名前言うから死ぬ時は下の名前で呼んでね。恋人みたいに!
ヤクザ之介:
包丁女と恋人ごっこはごめんだ。
包丁女:
私は、否定しないでくれたヤクザ之介に、ちょっとだけときめいたよ。
ヤクザ之介:
ヤクザは恋愛対象外なんだろ。
包丁女:
ちょっとくらいときめいたからって、すぐ恋愛と結びつけるとか
まじでオジサン味あるね。
ヤクザ之介:
めんどくせぇな、二度と会うか!
包丁女:
心の兄貴がほんとの兄貴になるといいね!バイバーイ!
ヤクザ之介:
…バーカ。
(間)
包丁女:(N)
あれから私は親友のミカと会い、謝った。
とんでもなく謝った。多分一生分泣いて謝った。
ミカが許してくれたかはまだわからない。
でも、許してくれようとしてることはなんとなく伝わった。
だから私はいま、ちゃんとした病院のカウンセリングに通っている。
廃ビルにはあれ以来近づいていない。
毎日ニュースをチェックしてるけど、ヤクザ関連のニュースは流れてこない。
包丁女:
スマキにされて海に沈められてたらニュースになんかならないかぁ…
名前くらい聞いとけばよかったな…
ヤクザ之介:(N)
あれから俺は三由(みよし)の兄貴の元へ行った。
外道の兄貴はケジメを取らされて、すでに指切りが出来ない手になっていた。
この後警察に引き渡すからお前からも一言言ってやれと三由の兄貴に言われた。
「ちゃんと罪償ってきて下さい。出てくる頃には俺は自分の力でのし上ってるんで、
そん時は俺の舎弟にしてやりますよ」と言ってやった。
その気概を認められ、三由の兄貴はいま、俺の本当の兄貴になった。
廃ビルにはあれ以来近づいていない。
毎日ニュースをチェックしているが、それらしいニュースは流れてこない。
ヤクザ之介:
今日も「女子高生が刺された」なんてニュースはねぇか…。
名前くらい聞いときゃあ…いや、どっちにしろ未成年はニュースに名前出ねぇか…。
(間)
包丁女:(N)
あの時割れてしまった爪がようやく元に戻った頃。
私はミカと久しぶりに出かけた。
ミカからショッピングに誘ってもらえたことが嬉しくて嬉しくて、
とてもはしゃいでいた。
ヤクザ之介:(N)
尊敬する兄貴についてしばらく。
兄貴は厳しいが、俺のことをとても可愛がってくれている。
その思いに早く答えたくて、
今日も兄貴と取り立て先に向かって意気揚々と歩き出した。
包丁女:(ぶつかる)
きゃあ!
ヤクザ之介:
チッ!てめぇ、どこ見て歩いてんだ、あぁン?!
包丁女:(N)
「コハル、大丈夫?」と私に駆け寄ってきてくれるミカ。
ヤクザ之介:(N)
「なにしてんだ、テツ」と兄貴が俺に声をかけてくれる。
コハル:
あ。
テツ:
あ。
コハル:
え?…テツ?
テツ:
は?…コハル?
コハル:
ヤバっ!ウケる生きてたー!
しかもテツって!言われてみればめっちゃテツ顔なんですけどー!
テツ:
テツ顔ってなんだよ!
お前はコハルなんておしとやかな名前しやがって、
全然似合ってねーよバーカ!
今日は包丁持ち歩いてやがらないんですかァァ?
コハル:
持ってるわけないでしょおぉ!
あの時の包丁色の空は、これから晴れていく一方なんだからぁっ!
えっと…た…たぶん?
テツ:
多分かよ!おめぇはほんとテキトーだな?!
…ま、でもそんなもんか。
(二人で笑い合う)
End.
<あとがき>
台本を書き終えて、タイトルを考えていた時に、
「メランコリックな何とか」にしようと思って
「何とか」の部分を何にするかずいぶんと考えました。
二人にとって、メランコリック(憂鬱)なのは、「いま」。
このまま何も変わらなければ、待ち受けるのはもちろんメランコリックな「未来」。
でももし、「いや~あの時はまじで死のうかと思ったわ~」って笑って話せる時がきて、
辛かったことがすべて「過去」になったらどんなにいいかなぁと思い、
「いま」「未来」「過去」どれもが入る余地を作って「メランコリックな××」にしました。
0コメント