灰色の世界と不眠の夢(2人台本)
知章:
その日から、俺の視界に映る世界は、灰色になった。
医者には、心因性の「後天色覚異常(こうてんしきかくいじょう)」と診断され、
見えるもの全ての色が消えた。
…どうでもよかった。
見える世界がどうであれ、俺はこれから一生、灰色の世界にたった一人なのだから。
(間)
涼:
え、これから映画観るの?
知章:
うん、明日休みだし。
涼:
ふーん、珍しいじゃん、何借りてきたの?
知章:
これ!ようやくレンタル開始になってさ~。
劇場公開の時は仕事が繁忙期(はんぼうき)で観に行けなかったから。
すっごい泣けるんだぜ~?
涼:
あ~それかぁ。
知章:
え?観たことあんの?
涼:
ないない!興味ないもん。
知章:
お前ミステリーしか観ないもんな。
涼:
だってその映画の予告編さ、「全世界が泣いた!」みたいなキャッチコピーだったじゃん?
若くて可愛い女の子が「お前は1か月後に死ぬ」とか言われるんでしょ?
「絶望からの感動のハッピーエンド!」とか言って、
予告編でもうお涙頂戴丸出しって感じで、
ちょっと萎えるっていうか、ウザくて冷めちゃうんだよね~。
知章:
なんだよそれ…。
涼:
え?
知章:
俺はこの映画楽しみにしてて、これから観ようって時にそんな言い方するか?
涼:
そ、そんな怒んなくてもいいじゃん?
知章:(キツめに言う)
はぁ。感じ悪ぃ。
俺、お前のそういうところ、すげー嫌い。
涼:
……あっそ。
私は先に寝てるから。どーぞごゆっくり~!
知章:
……。
涼:
おやすみ!
知章:
……。
涼:
無視とかウザ…。何よ!
知章N:
俺はこの時、彼女を無視し、「おやすみ」すら言わなかった。
映画を観賞し、いつも涼(すずか)と一緒に眠っている寝室には行かず、
そのままソファで眠った俺は、
次の日、電話の着信音で叩き起こされる。
知章:(電話中)
え…?警察…?
は……?
涼(すずか)が、…事故で…死んだ…?
知章N:
俺が彼女にかけた最後の言葉は、
「嫌い」、だった。
知章N:
今朝彼女は、昨日喧嘩した俺を起こさずにそのまま仕事に出かけ、
車に轢かれて死んだ。即死だった。
安っぽい映画のごとく、絶望のどん底に落ちた俺は、
精神科に通うことになった。
だが状況は悪くなる一方で、
とうとう心因性の「後天色覚異常(こうてんしきかくいじょう)」と診断され、
見るもの全てがモノクロの世界となった。
ショックでも何でもなかった。
彼女がいなくなったことに比べれば、色があろうとなかろうと
何の感慨も湧かなかった。
その結果、今ここに居る。
ハイキングが好きだった俺たちの、出会いのきっかけともなったこの山に。
立ち入り禁止区域を抜けた、切り立った崖の淵(ふち)に、俺はいる。
(間)
(※審判員は涼を演じる時の声と変えないで下さい)
審判員:
お兄さんお兄さん、靴なんか揃えちゃって飛び降りるのー?
知章:
え…?!涼(すずか)?!
嘘だろ?夢でも見てんのか?!
審判員:
ここなら死ぬには十分な高さだし、
死体は獣が食べてくれるからいいかもねぇ~
知章:
おい…俺がわからないのか?!なぁ!
審判員:
あーごめんごめん!
知章:
涼(すずか)じゃないのか…?
じゃあアンタは…死神か何かか?
審判員:
冷静すぎるー!今ボク浮いてるんだけど?!
もう少し驚いてよ!
知章:
死神なんかに背中押してもらわなくても飛び降りてやるよ。
じゃあな…
審判員:
待って待って!まだボクが話してるでしょうがっ!
知章:
…何だよ。
審判員:
彼女が死んだのは自分のせいだとか思っちゃってる?
知章:
なっ…!
審判員:
最後に言った言葉が「お前のこと嫌い」だったからって
安い罪悪感感じちゃってさー?
この繊細チキンヤローめ!飴細工くらいの繊細さだなー!
知章:
お前に何がわかるんだよ!
審判員:
出たよ、「いま自分が世界で一番不幸」アピール!
知章:
いい加減にしねーとッ!!
審判員:
いい加減頭冷やさなきゃいけないのはキミの方だよ。
知章:
なに言って…
審判員:
改めまして。ボクは「審判員」。
キミの「行き先」をジャッジする者。
知章:
審判員?
審判員:
そ!審判員は、キミのように無意味に自殺しようとする人の前に現れるんだよ。
知章:
無意味って何だよ…
俺は彼女を突然失って、すごく後悔してどうしようもなくて…、
謝りたいんだ、涼(すずか)に…。それには俺が死んで会いに行くしか…
審判員:
だったら会わせてあげるよ!
その上で、飛び降りるか否かを決めればいい。
知章:
は…?
審判員:
飛び降りるにしても、もっと現実的な理由が欲しいんだよねー。
「借金を苦に」とか、「不治の病にかかって」とか、「ヤクザにスマキにされて沈められる寸前」、とかさ!
でも「死んだ彼女に謝りたいから」はダメ!
知章:
なんでだよ?!
審判員:
それはね?キミが死んでも彼女には会えないからだよ。
だから無駄なの。
自殺で死んだヤツは、誰とも会えやしない。そのくらい罪が重いんだ。
知章:
だったら俺はどうしたら…!
審判員:
だからぁ、死んだ彼女と会わせてあげるってば!
いくつか条件はあるけど。
知章:
お前が作り出した涼(すずか)の幻に謝ったってしょうがねーじゃねーか。
審判員:
まぁどうせ死ぬ気だったんだから、騙されたと思ってやってみなよ?
失うものなんかないでしょ?
知章:
そりゃあ、まぁ…
審判員:
じゃあ今から「夢」の中にキミを送り込むけど、
彼女に会えるタイムリミットは、「キミが眠るまで」!
キミが「夢」の中で寝てしまったら、逆に「夢」から覚めて、この現実に戻ってくる。
知章:
じゃあ俺が寝なければ、ずっと涼(すずか)とその「夢」の中に居られるってことか?
審判員:
んー、ちょっと違う。
彼女が自分の死に気がついてしまっても、「夢」は覚める。
知章:
涼(すずか)は自分が事故にあったことを知らないんだな?
審判員:
そうだよ。
自分が死んだことを思い出してしまったら、彼女は還るべき場所へ還ってしまい、
アンタも今いるこの崖っぷちに強制送還される。
知章:
…っ…
審判員:
それと、夢の空間は君たちが住むアパートの部屋だけ。外へは出られない。
彼女を変に不審がらせると、
自分がもう死んでいることを思い出すかもしれないから気をつけて?
知章:
外に出れないんじゃすぐに怪しく思うだろ?!
審判員:
幸いにも彼女の時間の感覚はかなり曖昧になっているから、
毎日が日曜日みたいな感覚になってるよー。
知章:
そんな上手くいくのかよ…
審判員:
あ~、ちなみに彼女は毎日普通に寝るから。
キミさえ寝なければ夢は続くから、つられて眠らないようにね?
知章
俺が寝なければ、涼(すずか)とずっと一緒に居られる…
審判員:
ボクは優しいからコーヒーやらエナドリなんかも
たくさん部屋に置いててあげたよ!
じゃ、そろそろ意識を転送するからねー。
知章:
待てよ、お前は一体…!
審判員:
春川知章(はるかわともあき)。
これが、浅樹涼(あさきすずか)との最期の時間。
それが終わったら、改めて問おう。
自分自身の行き先を。
それをボクがジャッジする。
理解したかい?
知章:
あ…あぁ…
審判員:
それじゃあ始めよう!彼女とのボーナスステージを!
せいぜい、有意義に。
知章N:
次の瞬間、俺の灰色の視界はホワイトアウトし、
上も下もわからなくなった。
(間)
【DAY1】
涼:
ねぇ?聞いてる?トモくん?
知章:
んっ…すず、か…?
涼:
何?そんな幽霊でも見たような顔して…
知章:
本当に涼(すずか)なのか?!本物だよな?!
そうだっ、えっと、俺との出会いはどこだった?!
涼:
ちょっと何なの?!
知章:
いいから答えてくれ!
涼:
先輩に連れて行かれたハイキングだけど…
知章:
同棲を始めたのはいつだった?!
涼:
え、2年前の春でしょ?
知章:
ほんとに涼(すずか)なんだな…
涼:
ちょ、ちょっとー!
こんな真っ昼間から何かのプレイじゃないでしょうねぇ?
って、トモくん?泣いてる?
知章:
泣いて、ねぇよ…っ
涼:
そんな強く抱きしめたら痛いよ…。
知章:
涼(すずか)…!お前はあの日っ…!
審判員:(回想)
彼女の記憶は「事故で死ぬ前」だから、
間違っても彼女に「君は死んだんだ」とか言わないようにね?
言ったら最後、彼女は自分が死んだことを思い出して、還るべき場所へ還ってしまうよ?
知章:
えっと…なんだっけ?
言うこと、忘れた…
涼:
わけわかんなーい。
熱は…ない気がするけど、一応測っとく?
知章:
いや、大丈夫だ。
それよりちゃんと顔見せてくれ。
涼:
んあ~ほっぺたムニムニしないでぇ
お化粧落ちちゃうでしょう?!
知章:
はは、変な顔!
いつもの涼(すずか)だ…!
涼:
まじで今日のトモくんわけわかんない!
8連勤明けの休みだからハイになってない?!
知章:
そう…かもな。
涼:
少しお昼寝でもしたら?
知章:(大声で)
俺は寝ない!!
涼:
びっくりしたぁ、そんなおっきな声出さなくても…。
知章:
あ、ごめん…でも俺は…
涼:
別に寝たくないならいいけどさ。
まぁ今日はどこにも出かけないでゆっくりしよう?
知章:
あぁ。もう離さないから、どこにも行くな…。(抱きしめる)
涼:
珍しいね、トモくんがこんなにべたべたしてくるの。
知章:
…同棲始めた頃はこんなだったろ?
涼:
ふふ、そうだね。懐かしいね~。
知章N:
その日は、2人でのんびりとした1日を過ごした。
あまりに普通で、あまりに穏やかで…。
俺は悪い夢を見ていただけで、こっちが現実なんじゃないかと思いたかったが、
俺の視界がそうではないことを証明していた。
彼女を失ったショックで発病した後天色覚障害。
俺の視界は、未だに灰色の世界だったのだ。
涼:
あれ?こんな所に日めくりカレンダーなんてあったっけ?
知章N:
ベッドサイドに置かれた小さな日めくりカレンダーには、
「1」とだけ書かれていて、月や曜日の記載もなかった。
涼:
まいっか~
知章N:
涼(すずか)はそれを気にする様子はなかったが、俺には分かった。
このカレンダーは、この夢の場所に来てから「1日目」という意味なのだと…。
(間)
涼:
今日はゆっくりできた?
知章:
うん。最高の一日だった。
涼:
大袈裟~。
知章:
そんなことない。ほんとに最高だったよ。
涼:
変なの。
ふあ~眠たい。そろそろ寝よ?
知章:
じゃあ寝る前にキス。
涼:
おやすみのチューだけだからね?
明日は早く起きるんだからえっちなことはナシ!
知章:
分かったよ。目瞑って…
涼:
ん…
知章N:
彼女の唇は柔らかく、舌は吸い上げると少しだけ甘かった。
こんな幸せがすぐそばにあったのに、簡単に、一瞬で、消えてしまった。
涼:
んーっ!もう終わりっ!
この野獣め!おやすみ!
知章N:
涼(すずか)はそっぽを向いて眠ってしまった。
俺は眠ってはいけない。ベッドに入っていない方がいいだろう。
それでも、彼女の久しぶりの体温を感じたくて離れることは出来なかった。
幸い、彼女が消えてしまうのではないかという不安にかられ、
1日目は眠気は来ないまま朝を迎えることが出来た。
【DAY2】
涼:
んー…
知章:
おはよう。
涼:
もう起きてたの?いつもはなかなか起きないのに。
知章:
そんなことないだろー?
涼:
そんなことありますぅ。
ほら、もう起きるんだから離して。
何で昨日からそんなべったりなの?
知章:
え、今日仕事行くのか?!
涼:
そりゃあ行くよ…って、あれ?今日休みだっけ?
なんか勘違いしてたかなぁ?
知章:
相変わらずドジだなぁ。
休みなんだったらもっとゆっくりしよ。
涼:
おかしいなぁ…。
まいっか!じゃあ二人で二度寝しちゃう?
知章:
うん…
ってダメだ!やっぱり起きよう!
涼:
ゆっくりしようって言ったり起きようって言ったり何なのー?
知章:
に、二度寝すると午前中あっという間に終わっちゃうだろ?
俺が朝ごはん作るから食べよう!な?!
涼:
めずらしー。トモくん料理なんて出来るっけ?
知章:
朝と言えば卵料理だろ?オムレツ作るから待ってろ!
涼:
う、うん。
知章N:
ベッドから出て、ベッドサイドの日めくりカレンダーにふと目をやると、
それは、めくってもいないのに「2」になっていた。
2日目の始まりだ。
(間)
涼:
トモくんからしたらこれがオムレツなのかもしれないけど、
この料理は「スクランブルエッグ」って名前に改名した方がいいんじゃない?
知章:
あーあーどうせ失敗しましたよ!
俺にオムレツは難易度高すぎましたー!
涼:
はむっ(食べる)
お味はお上品でございますことよ?
知章:
むぐ(食べる)
お上品という名の薄味でございますね?
涼:
あはは!せっかくオブラートに包んであげたのにー!
知章:
味ねぇじゃん、なんだよこれー。
ちくしょー、ケチャップ地獄の刑にしてやる!
涼:
ちょっとーかけすぎー!
知章N:
その日の夜は彼女を抱いた。
涼(すずか)のぬくもりが嘘じゃないことを実感したかった。
最期に涼に触れた時の冷たさを、忘れたかった。
涼:
疲れたぁ。やっぱトモくん変だよ。
えっち2回もしちゃうなんて、十代かよ!
知章:
べ、別にたまたまだろ?
涼:
昨日から急にべたべたして優しくなるし怪しいなぁ?浮気してる?
もしくは何か隠し事してるなぁ?!
知章:
お、お前が最近全然かまってくれないって拗ねてたからだろう?!
涼:
だってトモくん仕事は忙しくしてるし、
たまに早く帰ってきても映画とか見ちゃうじゃん!
…そういえば、最近も何か観てなかったっけ?
知章N:
審判員は言っていた。俺が眠ってしまうか、彼女が、自分が死んだことを思い出したら
この邂逅(かいこう)は終わってしまうと…。
涼(すずか)が死んだ前日の夜、俺たちは映画のことで大喧嘩したのだ…。
涼:
確か、結構話題になった映画だった気が…
知章:
いいからそろそろ寝るぞ!
ほら早く目をつむる!
涼:
ふあー(あくび)そういえば眠たい…
誰かさんが浮気をごまかすために2回もしたから疲れちゃったしー。
知章:
まだ言うか!
涼:
ふふっ。おやすみなさーい。
知章N:
「審判員」がなんであれ、涼(すずか)に再会出来た興奮から
今まで眠気は吹き飛んでいたが、急にどっと疲れが来た。
俺はすぐに寝てしまった涼を起こさないようにベッドを抜け出し、
冷蔵庫にあったエナジードリンクを飲んだ。
知章:
ぷはっ…。よし、うっかり寝ないように立ってるしかないな…。
知章N:
まだ眠気はエナジードリンクでどうにかなる程度だったが、
俺は一体、何日寝ずにいられるだろうか…。
【DAY3】
涼:
おはよぉ…って、トモくん何してるの?!
知章:
何って…フンフンっ…スクワットだけど…?
涼:
こんな朝っぱらから?!
知章:
フンフンっ…筋トレしようかと…フンフンっ…思って。
涼:
それはいいけど…寝室でスクワットしながら鼻息荒くしてる彼氏を
起き抜けに見るのはちょっとなぁ。
知章:
はは、目、覚めたろ?
涼:
微妙な気持ちだけどね?!
…あれ?私、今日も休みだっけ?
知章N:
ここに来て3日目。
不思議なことに、涼(すずか)は起きる度に「休み」だと認識していた。
冷蔵庫には沢山の食材があり、日用品も減らない。
出かける必要がないようになっている。
この世界にはそもそも「外」なんて存在せず、このアパートの一室だけなのかもしれない。
涼:
てかトモくん、クマ出来てない?
知章:
そうか?ち、ちゃんと寝たけどなぁ?
涼:
じゃあ、なんか野菜とか足りてないんじゃない?
よし、朝は超豪華サラダにしますか!
知章:
サラダならあれ入れてくれよ!えっと、なんだっけ?
黄色くて、トウモロコシの子供みたいなやつ。
涼:
ヤングコーン?
知章:
そう!あとあれ!
緑の、細くて長いやつ…えっと…
涼:
なんだろ?アスパラ?
知章:
あーそれそれ!
涼:
ぷっ!全然名前出てこないじゃん!
ボケるには早すぎますよ~?
知章N:
寝不足のせいなのだろうか。
頭が酷くボーっとして、物の名前がパッと浮かんでこなくなっていた。
【DAY4】
知章N:
4日目。俺は、眠らないように立ってウロウロしては、
涼(すずか)の言葉にイラつくようになっていた。
涼:
ねぇ、エナドリとコーヒー飲みすぎじゃない?
知章:
いいんだよ、俺の勝手だろ?
涼:
夜も寝てないみたいだし、何かあったの?心配事なら…
知章:
うるさいって!関係ないだろッ!!
涼:
っ!
知章:
ごめんっ、まじで何でもないんだ。仕事のこと考えてたらイライラして…。
涼:
ん…もう少しお休み取れるところに転職考えてもいいかもね?
知章:
だな…。そしたらお前と旅行とか行けるしな。
涼:
旅行?いいね。沖縄とか行ってみたい!
知章:
沖縄行くんだったらもう少しこのぷにぷにしたお腹をどうにかしないと水着が…
涼:
あー!気にしてるのにー!
ぷにぷにしてて可愛いって言ったのは嘘かキサマー!
知章:(ふざけた感じで)
はは、嘘じゃないって!可愛いよー
涼:
声が笑ってるもん!もぉ!
知章N:
こんなに寝ないでいたことは生まれて初めてだった。
俺はあと何日、こうして涼(すずか)と一緒に居られるだろうか。
【DAY5】
知章N:
朝、日めくりカレンダーを見ると、そこには「5」の表記があった。
頭がボーっとして、何が「5」なのか、すぐには思い出せなかった。
涼:
またこんなにエナドリ飲んで…
どうしてそんなに寝たくないの?
知章:(力なく)
しょうがないだろ…俺は起きてなきゃいけないんだから…
涼:
理由を教えてくれないなら、無理やりにでも病院に連れていくから!
知章:
病院?なに言ってんだよ!病院に運ばれたのは…っ!
涼:
え…?
知章:
あ、いや、ごめん…何でもない。
涼:
少し寝よう?
もしうなされてたりしたら私がすぐ起こしてあげるから。
知章:
違うんだ、それじゃダメなんだよ…。
涼:
何が違うの?
知章:
涼(すずか)!俺が寝そうになったら、ひっぱたいてでも、水ぶっかけたっていい!
何がなんでも起こしてくれ!頼む!
涼:
ちょっ、腕痛いよトモくん…
知章:
頼む、頼むよ…!
【DAY6】
知章N:
6日目。エナジードリンクとコーヒーが効かなくなった俺は、
気づけば、台所にあった刺激の強い調味料を片っ端から口に入れていた。
涼:
やめて!醤油なんて飲まないでよっ!
知章:
うっ…!!げほっげほっ!!
涼:
ほらお水!
知章:
げほっげほっ!!
はは…
涼:
トモくん?
知章:(ブツブツと)
きついけどこっちの方が断然目ぇ覚める…
もっとキツイのなかったっけか…あ、これなんかカラくていいかも…
涼:
ダメだってば!!
知章:
よこせよ!!
涼:
ダメ!!
知章:(手を挙げる)
この…ッ!!
涼:(殴られると思って目を閉じる)
…っ…!
知章:
あ…違うんだ…ごめん…
俺は、こんなことがしたいんじゃないんだ…
【DAY7】
知章N:
7日目。涼(すずか)の声が二重に聞こえるようになった。
涼の姿をしたあのフザけた審判員がまた現れたのかと思い込み、
俺は涼に詰め寄っていた。
涼:
落ち着いてよっ!「しんぱんいん」って何のことなの?!
この部屋には私とトモくんしかいないじゃない!
知章:
アイツは涼(すずか)の姿をしてて、それで、ここに俺たちを閉じ込めたんだ!
そうだ、お前の姿をしてた!
もしかして…お前が審判員か?!なりすましてんのか?!
そうなんだろっ?!涼を返せよ!返せよっ!!(揺さぶる)
涼:
やめてトモくん!私は審判員なんかじゃない!
誰なのそれ…怖いよ…元に戻ってよ…(泣き始める)
知章:
あ…
ごめん…ごめん、涼(すずか)…
違うんだ、お前の姿をした悪魔だか死神だかがいて…
涼:
もう変なこと言わないで、お願い、正気に戻ってよぉ…
知章:
ごめん、ごめんな…
怖いんだ、俺はただ涼(すずか)と一緒にいたいだけなんだ、
どこにもいかないでくれ…頼むから…(抱きしめる)
涼:
私はここにいるよ…?いるじゃん…(泣く)
知章:
俺、まだ頑張れるからな…
大丈夫、一人にしない…しないから…
眠らなければいいんだ…そうしたらずっと一緒に…
涼:
何のこと…?
知章:(支離滅裂になって)
…やっぱりお前なのか?審判員!
俺と涼(すずか)を元の世界に戻せ!何もかも全部元通りにしろ!
もう何日も寝てない!もういいだろ!返してくれ!
頑張るから!寝ないから!ふざけんなよ…返せよっ!
涼:(泣きながら)
トモくん…全然わかんないよぉ…どうしちゃったのぉ…
知章N:
倦怠感と極度の苛立ち、記憶障害に被害妄想、そして幻聴。
不眠から来る症状は、日に日に悪化していった。
【DAY8】
涼:
トモくん…?トモくん?!
知章:(朦朧として)
…あ、なに…?
涼:
何回も呼んだのに全然反応ないからびっくりして…
一点見つめて、全然まばたきもしてなかったよ?!
知章:
今日はなんだか…眠くない…。
涼:
そうは見えないけど…
知章:(よろける)
うっ…!
涼:
大丈夫?!
知章:
足に力が、入らない…
涼:
当たり前だよ、ここ何日もずっと立ってるんだもん!
寝なくてもいいから、横になろう?ね?
知章:
横になんてなったら終わりだ、絶対に寝ちまう…!
涼:
いいじゃん寝ても!
知章:
なんでそんなこと言うんだよ…
涼(すずか)は俺と一緒に居たくないのか?!
涼:
居たくないも何も、私たちずっと一緒にいるじゃん!
ここ数日なんて特にずっと…
って、あれ?今ってなんでこんなに毎日休みなんだっけ?何か、変…
知章:(焦って)
変じゃないよ、今は休みなんだよ、休み!
涼:
学生じゃあるまいしこんなに長い休みなんて…
知章:
わ、わかった!
寝るからベッド行こう!
涼:
ほんと?!
知章:
お前が隣で寝てくれるんならな?
涼:
うん…!
知章N:
涼(すずか)が異変に気付き、連鎖的にあの事故を、自らの死を思い出してしまったら終わりだ。
この夢は終わって、俺はまた一人になる。
誤魔化すためとはいえ、ここに来て横になるのは想像以上に辛いことだった。
温かい布団のぬくもり、俺に身を寄せる柔らかな涼の身体。
眠らないためにはじっとしてはいられず、俺は涼を激しく抱いた。
今思えば、悟っていたのかもしれない。
もう、終わりの時が近いことを。
【DAY9】
知章N:
9日目。
涼:
トモくん、病院に行こう?
知章:
びょういん…?
嫌だ…だってあそこは…寒くて…
涼:
寒いって、どういうこと?
知章:(霊安室を思い出して)
寒くて、冷たくて…
俺は二度と、あんなところ行きたくない!!!(振り払って寝室を出る)
涼:
あっ!待って…!
知章:
眠気なんてどうってことない…こんなもん…要は忘れればいいんだ。
眠いってことより、他のことで頭をいっぱいにすればいい…
そうだ。
痛みだ。
涼:
やめて…包丁なんてどうするの?!
知章:
俺はまだまだ大丈夫だからな…
一生眠らずにいてみせる!
だからずっと、ここに、ふたりで居よう…!
知章:(太ももに刺す)
ぐうっ!!があああああ!!
涼:
きゃああ!!!
知章:
ううっ…ぐうう…!!
涼:
どうしよう!救急車っ!
…っなんで電話繋がらないの?!
病院行かなきゃ…タクシー拾ってくる!!
(SE:ドアガチャガチャする音)
涼:
えっ?!玄関が開かない!鍵はかかってないのに!なんで!?!
知章:
あああ゛ッ!!(刺さった包丁を引き抜く)
涼:
トモくん!?(部屋に戻る)
知章:
あ…
なん、で…
涼:
傷が…塞がっていく…?
知章:
なんだよ…痛みも引いてく…
ダメだって!審判員!見てるんだろ?!
なんで治すんだよ!せっかく今、眠気が飛びそうになったのにッ!!!
くそ!!もう一回だ…もっと深く刺せば!!
涼:
だめっ!!!(抱きしめる)
知章:
離せっ!
涼:
やだっ!!
知章:
離せって!!
涼:
やだっ!!
知章:
寝たら終わりなんだよ!全部終わるんだ!
それだけは嫌だ!他は何もかもどうだっていい!!
お前がいるこの場所が俺の居場所なんだ!!
もう二度と失いたくない!!
涼:
……。
もういいの。もういいんだよ…。
私があぁなったのは、トモくんのせいじゃないんだよ…
知章:
だ、ダメだ…
思い出すな…
頼むよ…思い出さないでくれ…
涼:
私、デリカシーなくてほんとにごめんね…。
映画、一緒に見ればよかった…
一緒に見て、ベタなストーリーでベタに大泣きすればよかった…。
見終わった後、私たちは生きててよかったねって言って、
笑って…キスなんかしちゃったりして…
抱き合って、一緒に眠ればよかった…っ!
どうして、そうしなかったんだろう…?
知章:
…っ涼(すずか)…
涼:
朝だって、「まだ怒ってる?」って言って、
トモくんを抱きしめれば良かった…
ごめんねって言って…会社なんか、遅刻すればよかった…。
トモくんと仲直りする方が、100倍も200倍も大事だったのに…
死んじゃって、ごめんね…。
トモくんのこと一人にしちゃって、ごめんね…。
知章:
俺…お前に最後…「嫌い」って言っちまって…
涼:
馬鹿だなぁ。
トモくんは私のこと大好きじゃん。
だってこんなに無茶して、頑張って寝ないでくれたんだもん…!
知章:
謝っても謝りきれない…
後悔してもしたりない…
どうしたらいい、お前のいない世界は、何の色もなくなっちまったんだ…
全部灰色なんだよ…
何を見ても全部葬式みたいに見えて…
俺…俺…っ
涼:
ね、私を見て。ちゃんと見て!
知章:
…っ…
涼:
私の後を追おうとなんてしたら、絶対に許さないから。
知章:
でも、
涼:
でもじゃない!そんなの絶対だめ!
もしそんなんで私のこと追ってきても…
えっと…無視するから!
知章:
無視っておまえ…
涼:
じゃあ絶交?うーん…やっぱ無視する!「どなた様ですかー?」とか言っちゃうんだから!
知章:
それ無視してないじゃん…
涼:
あ…
知章:
はは、ほんとお前はこんな時まで…
涼:
(ふざけるように)可愛い??
知章:
うん…バカで可愛い…(抱きしめる)
涼:
バカは余計でしょー!
知章:
まだまだこんな馬鹿なやりとり出来るはずだったのにな…
涼:
もっと二人で色々やりたかったね…
知章:
仕事なんかやめて旅行行けばよかった…料理もちゃんとして、お前にオムレツ食わせたかった…
涼:
うん…うん…
知章:
お前と出会ったあの山も、あれ以来一緒に登ってねぇじゃん…
涼:
秋口(あきぐち)が一番綺麗なんだよね、あの山…
知章:
もう俺には、海の青も紅葉の赤もオムレツの黄色もわからない…
全部全部灰色だ…生きてたってしょうがねぇよ…
涼:
ううん。
トモくんには見えてるはずだよ。
知章:
でも医者が、
涼:
私よりたまたま行ったところの医者を信じるの?
じゃあもし、元の世界に戻ってもまだ灰色に見えるんだったら、
トモくんの好きにしていい。
知章:
お前の後を追ってもいいのか…?
涼:
うん。いいよ。
でも私の言う通り色が戻ったら、ちゃんと生きて。
ほら、ゆびきりしよ?
知章:
……。
涼:
早くしないと私…消えちゃうよ?
知章:
涼(すずか)っ!手が、透けて…
涼:
トモくん、お願い。早く約束して…。
知章:
あぁ、約束する…。(手を握る)
でも俺は、全然色が戻る気がしない…。
お前のところに行きたい…。
涼:
そんなこと言わないの。
大丈夫って言ってるでしょ?
知章:
(首を横に振る)
涼:
あーあ、イイ男が台無し!
目の下は真っ黒だし、憔悴してゲッソリしてるし!
でも…こんなに頑張ってくれて、ありがとね。
まだ死にたくなかったけど…こんなに愛されて幸せだった。
トモくんの彼女になれて、本当によかった。
知章:
頼むよ…行かないでくれ…
涼:
バカだね…
まだ若いからって、死ぬのは何十年も先だって過信して。
仲直りなんていつでもできるや~って高括った結果がこれだもん。
ほんとにごめんね…。
知章:
涼(すずか)は悪くない…!俺はもっとずっとお前と一緒に…っ
涼:
私ね、一日の中で、寝る前が一番好き。
一緒にお布団入って、私を抱きしめながら
眠くてムニャムニャしてるトモくんが、スーッと眠りに落ちる顔を見るのが大好き。
だから最後に、一緒に寝よう?
そしてトモくんは、また幸せな気持ちで目を覚ますの。
知章:
幸せな、気持ちで…?
涼:
そうだよ?ほら来て。
お布団、一緒に入ろう?
知章:(抱きしめながら)
あったかいな…
涼:
うん。
知章:
ダメな彼氏でごめんな…
涼:
ううん、トモくんはたくさん幸せくれたよ。
知章:
また、会えるよな?
涼:
トモくんがこれからの人生、一生懸命生きたらね…
知章:
簡単に言ってくれるじゃん…
涼:
へへ。
あとね、絶対結婚して子供は最低でも2人作って。男の子と女の子。
私の夢はトモくんが代わりに叶えて。ね?
知章:
それ、お前の夢が叶ったことになるのか?
涼:
なるよ!トモくんの子供見たいもん。
妬いちゃうから。
知章:
バーカ
涼:
へへ。
知章:
やばい…
もう、…眠気が…
涼:
いいんだよ寝て。
知章:
いっしょ、に…
涼:
うん…一緒に寝よ。
知章:
あいして…る…すず…か…(寝る)
涼:
おやすみ、トモくん。
私も愛してる…。
またね…。
(10秒くらい間を開けて下さい)
知章:
はっ…(目を覚ます)
審判員:
おかえり。
知章:
審判員…。
あんた、そんな姿だったんだな。
審判員:
もう彼女の姿には見えない?
知章:
あぁ。声は相変わらず涼(すずか)だけどな…。
審判員:
ふふ。まぁそれはしょうがない。
ボクは物理的に喋ってるわけじゃないから。
それで、結論は出た?
知章:
俺は…一歩踏み出すよ。
審判員:
そのまま踏み出したら崖の下だけどー?
知章:
うん…。だからこっちに。(回れ右をする)
審判員:
崖に背を向ける、か。
まぁ、いいんじゃない?
知章:
俺が死んだ方がアンタの手柄になったか?
審判員:
だからボクは死神じゃないってばー。
知章:
そうだな。
アンタには、虹色の羽が見えた。
審判員:
キミ…色が見えるようになったの?
知章:
涼(すずか)の言った通りだったなぁ。
色がなくなったわけじゃなかった…
俺がただ、見ようとしなかっただけなんだ。
彼女がいなくなっても何も変わらない世界が悔しくてさ…。
審判員:
世界は変わらないけど、キミは変わったじゃん。
知章:
え?
審判員:
キミは強くなった。
知章:
そう、かな?
審判員:
さぁ?知らんけど。
知章:
はは、なんだよそれ。
審判員:
今、笑ったね。
…じゃ!ボクは忙しいからそろそろ行くよ。
崖の先っちょに立ってウジウジグズグズしてる人は他にも山ほどいるからさ!
知章:
そっか…。
辛くないか?死にたがりの相手ばっかしてさ。
審判員:(悲しそうに)
どうだろうね…?
知章:
審判員…?
審判員:
さて!キミの非睡眠時間はなんと!9日間でした!
あ、こっちの時間ではそんなに経ってないけど、
本当に9日間眠っていないくらいのダメージは追ってるから
早く帰ってちゃんと寝なよー?
知章:
わかった…そうする。
最後に教えてくれないか?
審判員:
んー?
知章:
アンタは死神じゃないんだろ?
なら、天使なのか?
審判員:
残念ながら天使でもないよ。
知章:
そっか。
でも、涼(すずか)に会いたいって願いを叶えてくれて、ありがとな。
審判員:
うーん…
知章:
なんだよ?
審判員:
「願いを叶えてくれてありがとう」か。
うん…悪くない!
じゃあアンタにとってボクは「天使のような存在」ってことだね!
知章:
なんだよそれ?(振り返る)
あ…
いない、か…。
スーハ―(深呼吸する)
山は緑で、空は青…綺麗だ…。
涼(すずか)。色、取り戻したよ。
お前とした約束守れるように、もう少し頑張ってみるよ。
だから、ちゃんと見てろよな?
またな、涼。
End.
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